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第八回:いけばな造形大学の学生だったころ


わたしが、いけばな造形大学に通っていた時の講師陣は、北条明直先生、工藤昌伸先生、重森弘淹先生がいらっしゃいました。

北条先生は統括の学長だから全体的を見回していらっしゃいましたが、個人的に目をかけてかわいがって頂きました。お酒が入ってくると口が滑らかになり、能の花伝書からガウディの聖家族教会まで色々な方向に話題が跳ぶ楽しい授業で、先生がかつて文部省の役人だったとは思えないほどでした。評論家と作家のかかわり合いについて厳しいご意見をお持ちでした。

工藤先生はハスキーで小さな声でお話になり、一番まえの席で必死に耳をかたむけないと、なかなか聞き取れない授業でした。しかしそれが先生の技だったのかも知れません。工藤先生の授業は一度も集中力のきれた覚えがないのです。工藤先生は人智を超えた知識人で、古いことは勿論、新しいことにも精通していらっしゃいました。
当時人気のあった映画で、映像関係の人の間で話題になった作品がありました。なにげなくそのタイトルをいうと工藤先生は即座に「あの映画は画像が美しいから、写真学科の君には良いでしょう」とおっしゃられ、真底びっくりしたのを覚えています。

重森弘淹先生はややかん高い鼻声の先生で「君の●●にゃあ、○○がない」というのが口癖でした。なぜ口癖と分かったかのエピソードです。
在学中わたしは「君の造形作品にゃあ、ポリシーがない」と言われ、ショックを受けました。そして数年後、重森弘淹先生の写真学校を卒業したカメラマンと話す機会があり、そのことをはなすと、カメラマンが「君の肖像写真にゃあ、人の息遣いがない」と言われたそうです。
先生は写真の世界でも大変な功績をお持ちで、わたしの大学の教授と論争になり、言い負かしたことが有名でした。しかしご本人は照れてあまりその話題にはふれませんでした。

展覧会の時は、どの先生も大変熱心に、エネルギッシュに批評してくださいました。今でもあの時を思いだすと地獄の沙汰を待つ者のようで、ふるえるほど緊張したものでした。中途半端な作品に対しては言葉で木っ端微塵にうちくだき、作者がこうべを垂れても酷評をやめませんでした。たまに骨のある生徒が「わたしの思いを理解していただきたくて・・・」などと言おうものならすぐに「そんなの理解できないよ。理解したくもない」と逆襲されてしまいます。批評が終わるまではずっと憂鬱でした。

わたしは「小細工するな」「スケールの大きな作品にせよ」「頭で考えすぎるな」「意味をもたせすぎない」「人目を意識するな」などなど、もう数え切れないくらい教えていただきました。

秋の学生全員参加の展覧会は、学年末試験のようでピリピリした空気は忘れることができません。
しかし今となっては懐かしい思い出です。
なぜならいずれの先生もすでにこの世にはおらず、学校も事実上活動していないからです。

先生方がいない展覧会にだすと、スリルというか緊張感を維持できない自分が恥ずかしくなる時があります。
先生から批評を頂け、お会いできた最後の世代としての幸運を忘れずに、今後の制作にもはげもうと気を引き締めています。


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