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第百六十四回: 絵にかいた高級料理より毎日味わう家庭料理

 いけばなはいけばなでしかない、それゆえに愛おしい。いけばなが好きな人は大げさな物を望んでいないと思う。等身大の、ありのままのいけばなで良い。一方で歴史に残っているものは目立った一部の事実である場合が多い。戦国時代など日本中で戦が行われていたような印象だが、そこには当然日常があった。人々は戦の影におびえながらも働き、食べ、養い育み、平穏な一生を過ごそうとしていた。

 しかし数百年が経つと記録に残された大事件のみが伝わっていく。日常のささやかな喜びや団らんは?き消されていく。華道の歴史でも大きな出来事にまつわる作品は資料が残る。大住院以信の巨大な砂の物、東大寺南大門の立華、専好が三幅一対の猿の掛け軸の前に立てた松一色立華などが伝えられる。それらは異端である。一生に一度あったかないかの大イベントであり、そんな事より日々何をしているのかに意識を注がなくてはならない。
 雑な歴史の見方をすれば、いけばな誕生以来、信長は古い勢力を排し楽市楽座を施し、秀吉は太閤検地を施行し、徳川は参覲交代を命じ幕府の安定化を図り260年後薩長雄藩により倒され、明治から終戦まで大日本帝国として富国強兵を押し進め、敗戦後は経済復興・景気回復を合言葉に働いた。歴代総理は所得倍増計画・列島改造計画と壮大なプロジェクトを掲げた。バブルがはじけ平成となり阪神淡路・東日本の2度の大震災を経て挙句に新型コロナウイルス感染により混乱したが世界中が収束に向けて動き出し今に至る。この間550年。 いけばなは長い時間、多くの人の人生の、とてつもなく長い平穏な日常を潤し続けた。私たちはこの「平穏な日常」こそ第一に守らねばならないし、記憶しなくてはならない。

 食事に例えて考えてみる。いくら美味しくても有名店の高級料理ばかり食べていたら胃がもたれてしまう。私には日常の家庭料理こそ幸せなご飯だ。海にしずむ夕陽を見ながらのディナーも素敵だと思う。思うがそれだけのことだ。祖母が作る以外、子供のころから出来合いの物を食べた私は手作りの食事に飢えている。家での日常出されるご飯が憧れだった。家内の作るご飯を犬が尻尾を振るようにして待っていた自身を思い出す。
  オリンピック・パラリンピックも素晴らしいイベントだし2025年には大阪万博も控えている、巨大プロジェクトにマスメディアは大騒ぎする。が、それらは有名店の高級料理の例えだ。イベント全てに同調する必要はない。夜が明ければ朝が来る。雨が止めば陽がのぞく。厳しい冬の後に春が訪れる。自然のダイナミックな変化を目の前にして、人為的に驚かす仕掛けはなんと儚いか。日常の時間の流れの方がよほどドラマチックだ。

  私に期待し、こよなく可愛がってくれた先生方、先輩方は私のエネルギッシュさを愛して認めてくれた。
 いつも目立ち、大げさに、走り、大声で話し、笑い、ひっかき回してきた。その熱意の中心はいつも「いけばな」があった。誰もが愛する花の姿、何でもない日常の花。その美しさ、魅力に気付いて頂きたくて奔走した。だから可愛がられたのだと思う。私が目指す花は身の丈に合った花だ。普段手に入る花材を身についた技術で活ける、それだけだ。出来ないことは出来なくて良い。いけばなはいけばなでしかない。
  かつて渥美清が「男はつらいよ」の撮影の時に「スーパーマンは飛べないんだよ」と言った。高度経済成長の中「スクリーンの中の車寅次郎のような人にならなくては」という思い、その後、日本が豊かになり渥美の人気も不動のものになる。しかし渥美は寅次郎ではない。多くの人々に支えられ大スターになったのは渥美清なのか車寅次郎なのか、ひょっとすると車寅次郎に渥美清は飲み込まれそうになったのかも知れない。悩んだ末に渥美清が背伸びせずにできる寅次郎で良いと言い聞かせたのだと思う。ファンは皆、渥美二郎の演じる車寅次郎が好きだし渥美が演じる寅次郎だから良いのだ。

  550年続いたいけばながずっと進化し続けていたらとてつもないことになっている。しかし進化は一定ではない。時に停滞し、時に後戻りしたりして相変わらずの形になっている。それはそれで良い。作品も展覧会も人は身の丈に合った活動しかできない。いけばなの中で必死に頑張ればいいし、見栄を張ればいい。枠を見失い無理が過ぎればパニックになる。100万人がすぐに忘れるイベントは大きな犠牲のわりに得るものが少ない。たった一人の心に残るいけばなこそが美しい。お金や人員にたよらず芸の力のみで人の心を震わせることを心掛けなくてはならない。少し物騒だが私が折に触れ思い出すのは新内の岡本文也の言葉だ。「むかし新内を聞いて、悲しくなって自殺した遊女がいた。私も自分の唄で、一人くらいは殺したい」

 

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