第百八十一回： 話題
人と人が顔見知りになれば挨拶くらいはする。知り合いになれば話もする。人となりが分かるのは話し方や話題がきっかけになることもあるだろう。私は話すという行為をビジネスとプライベートでは分けるようにしている。勤めているうちに身についた。教室では聞き役になる。聞き役ができず生徒様に自身の事だけを話すようになったら、いけばなの先生は潮時だろう。けれど聞くというのは難しい。ただ頷いていれば良いというものではない。かと言って自分は興味ありませんと明らかに態度に出てしまったら相手が引いてしまう。相手の話題に寄り添って一緒に喜んだり驚いたりしながら「エーッそれでそれで？」と聞いていくのが上手な人がいる、本当にうらやましい。これはもう持って生まれた才能だ。学力とか家庭環境とか関係ない。上手な人は上手だし、出来ない人は出来ない。私は聞き役も下手だ。出来ない理由、原因、対処法も分からない。
当代、人の話題を引き出すのが上手なのは誰だろう。中居正広か有吉か。大御所なら黒柳徹子か阿川佐和子か。それぞれの間合い、表情、声のトーンで相手を自分の土俵に乗せている。
人との話すきっかけは最初が難しい。どんなきっかけで話題を広げていこうか悩む。プライベートでもオフィシャルでも、話題を決めどう展開するか凡そ整えてから話し始める。私の日常生活は結構色々ある方だと思うが、話題にする程でもない事も多い。だから自身でも面白くない話題だなという時は黙っている。教場は本来お喋りする所ではない。静かならば静かが一番いい。そう開き直り黙ったままでいる時もある。けれど静寂に耐えられなくなってくると何を話そうか考え始める。
そんな時は呪文が思い浮かぶ。テキドニセイリスベシだ。ご存じの方も多いと思う。話題に困った時に頭文字を取ったものだ。最初に教わってから私なりに使いやすく変えてしまった。テ天気、テレビ番組、電化製品、手仕事 キ季節、給料、近所 ド道楽、ドラマ ニニュース、庭 セ政治、生活、洗濯、清掃 イ衣類、インターネット、異性、医療 リ旅行、料理、両親（介護）、理科系 ススポーツ、ストレッチ（ダイエット）、スキャンダル ベ勉強、ペット シ失敗談、仕事、進路、ショッピング、写真（画像・動画）。これは相手から話された時にそれなりの覚悟をしているものだ。
勤めていた時に上司が教えてくれた。その上司もお酒の席で聞いてきたらしい。これは非常に便利でお話相手の声の調子が変わった所がヒットポイントとなる。その鉱脈を見つければ次回からその続きを伺うようにする。
例えばテレビのアイドル番組が好きな人ならば、どんな曲が好きか、どんなグループが好きか、推しの人はいるか、などを聞きながら中心に迫る。推しの子が分かると出演しているドラマや芝居、映画などをチェックしておく。チケットがどれほど取るのが大変か、グッズを買うためにどれほどお小遣い貯めてどれだけ並ぶか等も聞く。意外と知らない世界が見える事もある。アイドルの子達がどれほど努力しているかも勉強になる。
またペット好きな人にはスマホで画像や動画を抑えてあるので見せてもらい一緒に喜ぶ。自分のペットの話題も盛り込む。成長や可愛いしぐさも楽しむ。心温まるものである。
話題というのは時代と共に変化するものらしい。丸谷才一がバーで楽しみにしていたのは他人の話題に耳を傾ける事だった。最近は悪口が増えたと嘆く。飲みの席は猥談が楽しいと記す。
村上春樹は悪口大好き派だ。隣の酔客が他人の褒め話をしていると、早く悪口になればいいのにと思うらしい。
とは言え家元教場なのでいけばなに関する話題が一番大事になる。今日活けている花材について。活け方の注意点、コツについて等は話す。そこから派生して出来るようになるまでの自身の失敗談や先代から言われたことなども付け加えると懐かしがって下さる生徒様もいる。植物の育て方などは私より詳しい生徒様も多い。そういう時は教えて頂く。
京子と白龍は話題の膨らませ方がとても上手だ。まるでその場にいるような臨場感ある話し方ができる。この２人はモノマネが得意なのでその関係者は大笑いしている。白龍は故人の元幹部のモノマネをして「あんた最近私の事忘れてない？」などと後輩にあたる現幹部に向かって言うと、言われた幹部は「どうか迷わず成仏してください」などと応えている。懐かしく可笑しくバカバカしい教室だなと呆れながら私も笑っている。
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