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第百九十回: 預かりもの

 古典花を活け終わって目の前の作品を見る。自身の実力を冷静に考慮すると、どう考えても私には活けられないレベルの立活けに仕上がっている時がある。これは私が活けたのではなく、祖父・先代華盛か父華慶が活けてくれたのだと素直に感じる。

 不思議な体験は夜中に起きることが多い。埼玉県いけばな連合会展は毎年2月に開催される。ある年に梅の水潜りを出品することにした。見立ての花なので潜る前の枝と潜った後の枝は繋がっていない。  それをあたかも一本の枝であるように見せるのが腕の見せ所だ。角度がずれるとバラバラに見えてしまう。

 教場で下活けを始めようとすると、大きく太い梅の古木がきた。少し驚いたが、何とかなるだろうと高を括った。21時過ぎから祖父の写真を頼りに古木を立てると、その重量に耐え切れずバンッと音を立てて薄端にかかっていたハズが弾け飛んだ。祖父の写真より一回り小ぶりな梅の枝だったが、太く曲が強かった。ハズは内径にしっかり留まっている。普通の枝ならば十分立ち上がる強度になっている。切り口や傾斜を変えて2度、3度と立てても弾け飛んでしまう。自信のあったハズ掛けも間違っていたのかと動揺した。生まれて初めての経験だった。午前1時を過ぎ、途方に暮れていると「ひろし、ここだよ」と祖父が呼んでいる気がする。フラフラと呼ばれた方に近づくと古い箱の中に祖父の使ったハズが出てきた。がっしりして力強く、祖父そのもののようだ。花器に当てると緩くなくきつくなく、出番を待っていた名優のように自然と収まった。半信半疑で暴れまわっていた梅の古木を立てると嘘のように立ち上がった。どこにも無理がかからない姿で立っている。祖父のハズは堂々と古木を立ち上げて見せた。お弟子さんの立活けを直した時フフっと笑っていた祖父がいるようだった。あれだけ時間のかかった梅の水潜りは、祖父のハズをかけてから数十分で完成した。

 伝統芸能に限らず、親から受け継いだ芸にはこのような所があるのだろう。全て自分自身で考え制作したとなると薄いものになる。俳優、中井貴一は人前に出るのが大の苦手で今の職に就く気はなかったという。父の知人だった映画監督から促された時も煮え切らずにいたのに、誰かに背中を押されたかのように「あっ、やってみます」と応えた。中井は亡きオヤジが背中を押したとしか思えなかったと語る。

 上記のような経験がなかったら、え私はどのような人間になっていただろう。根の卑しさが前面に出ていたかもしれない。子供の頃から欲張りで物も手柄は独り占めにすることに執着する性質だった。「お前の身の周りの物は全て貸し与えている物で、お前自身の物などない」と言われ続けた。我利我利亡者の資質が色濃かったのだ。物だけでなく、教室も地位も時間も私自身の物はない。全て預かり物、一時的に管理を依頼されているだけの事だ。祖父の薄端、花型、ハズで立活けを出品しているのが何よりの証拠だ。そう考えるとフッと身軽になれる。

  さて、梅の水潜りの続きだ。会場で出会うお客様のほとんどから褒められる程、評判が良かった。その度、上記のエピソードを話し、これは先代華盛が、だらしない孫のために立ててくれたものですと伝えた。お客様は「またご謙遜を」と言って下さるが、本心だった。

  亡くなって数十年経っても孫の面倒を見てくれている祖父、子供たちが経済的に困らない様心配していた父、私はこの2人の土台の上でのほほんと生きているに過ぎない。

 

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