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第三十九回: 冬支度

 今年の夏はあつかった。つらいのが9月も気温がぜんぜん下がらなかったことだ。「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句が通じない年だった。それでも10月なかばを過ぎれば朝夕はひんやりしてくる。 そろそろ冬支度の時期がやってきた。まずはお稽古場から。籠やガラスなどの器は10月いっぱいで仕舞う。箱に入れて5月まで半年間お休みである。今の建物は空調がしっかりしているが、かつては保存方法によって竹や漆器が悪くなるので、置く場所にも気をくばる作業だった。 展覧会でつかったあと、観葉植物の鉢はふえるものだ。それらを屋外から仕舞う。日当たりのよい窓ぎわに移しおわると、もう冬がやってくるのだなあと感じる。心なしか観葉植物もほっとしたような姿を見せる。


 ハズも夏場は湿気が多くすぐいたむ。だから少しずつしか花屋からとりよせない。冬場はいっぺんに仕入れてもベランダの日陰に出しておけば保存できる。ただし教室内は乾燥しているので必要な分だけ作る。さもなくばワリハズにしておくと無駄にならなくていい。


 櫛型(くさび)をつくるにも冬はいい時期だ。木肌といい、太さといい、適した素材が出回る。葉がおちて叉木も見つけやすくなる。新年からの花展シーズンにそなえ、ためこむ。冬のひまな時に櫛型や叉木を作る時間がだいすきだ。のこぎりを引いていると祖父がそばにいてくれるような気がする。子供のころノコギリで机を切り父に叱られた後に祖父がやってきて「浩司はノコギリを上手に引くな」と褒められたころを思い出す。机を切って上手も何もあったものではない。私が父でも叱り飛ばしていたとおもう。それでも褒めていた祖父の愛情の深さにあらためて感謝している。この言葉にこもっていた私の将来への期待も感じる。櫛型の作り方をそろそろ宣和にも教えるころだ。


 さて自宅部分での冬支度は家内に任せきりだ。座卓式のコタツは天盤が重いので、頼まれるといやいや移動を手伝う。足元の薄べりがカーペットにかわり、コタツ布団がかけられる。そうすると子供たちは我先にコタツへもぐる。私は暑がりなのでコタツは電源をおとして足を突っ込んでいるのでちょうどいい。しかし寒がりな家内と子供たちは調節ボタンを最強にする。不満だが、ろくに家事を手伝わないぐうたら亭主の発言権は弱い。寝具もいつのまにか薄がけから掛け布団になっていた。


 衣替えもよく分らないうちに、家内がやっている。シャツがいつの間にか長袖になりベストやセーターが一緒にハンガーにかかり、スラックスも厚くなる。ありがたいなあと思う。20年前、私は真冬でもサマースーツを着て百貨店を走り回っていた。その時上司に「お前みたいな季節感のない服装をされたら紳士服の売り上げに影響する」と叱られた。まったく窮屈な処に勤めたものだとなげいた。今でもシャツ一枚で冬場外にいると家内から「人間に見えないから何か着て」と頼まれる。私はアニメのヒーローの名前を出し「鋼鉄ジークだから大丈夫」と言い返す。すると最近とみに口が達者になった子供たちから「中古でアチコチ故障してますけどなあ」と揶揄される。


 加湿器がでてくるのもこのころだ。ラベンダーやユーカリの成分をいれて加湿すると確かにのどが楽な気がする。


  佑大が飼っているというか大事にしているピヨというヒヨコのぬいぐるみがいる。 5年間抱き続けているのでボロボロである。 しかしいつも佑大と共にいるので、沖縄にもハワイにも行ったことのあるツワモノである。こやつの服装も夏冬で変化する。夏は地元高砂の手ぬぐいを腹にまく。冬場はフリースになる。佑大が「ピヨチャンそろそろ冬服になろうね」と言っていると、それぞれの冬支度があるのだと感じてしまう。




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