第四十八回: 親指
親から受け継いだものは数多くある。この学院、門弟とのきずな、伝書…その中で私の体に色濃く残っているのは両手の親指の形だ。この指はとても横に広がっている。従って爪も横に広がっている。非常に不格好な姿をしている。お弟子さんから「たいへんりっぱな“まむし指”ですね」と言われる。始めは悪口なのかと思ったが「六代目にそっくり」と言われ、ああ褒められているのだと分かる。そう言われて親指をまじまじ見ると蛇の頭部のようであり、関節を曲げると怒った鎌首のようにみえる。
この指は器用な人が多いという。祖父は確かに立ちいけの第一人者であったが、字もすこぶる上手かった。そして花型も字も特別な風雅があり、他人に模倣できるものでなかった。
私には祖父の腕も、父の明晰さも受け継げなかったが、指だけは形となって残った。孫になるとずうずうしいもので「同じ土地に育って、同じ名前で同じ形の爪なんだ。立ち活けだって同じように活けられるようになるさ」と開き直った。一見もっともな理屈に感じるが全然根拠のない話だ。
根拠があろうとなかろうと自信を持って前向きに生きていくことは大事だ。私が花を愛し、楽しんでいけていれば門弟も共に歩んでくれる。私を外側から支えてくれたのは多くの方のおかげでここまでやってこられた。一方私を内側から支えてくれたのは案外この親指かもしれない。この指のありがたさは枝にスッと爪が喰い込んでいくことだ。また握力ならぬ指力が強い。つまり枝がとてもためやすい。しかも爪が痛くならない。この職業にふさわしい指といえよう。私がこの指を気に入っていると指も一生懸命がんばってくれるようで、とてもよく枝をためる。そのうちに指の腹の方がズタズタになる。祖父も父も綺麗な指をしていたのに、私だけこんなプロレスラーの額みたいに傷だらけなのはまだ力の入れ方が下手なのかもしれない。
研究会では多くの枝をためるので歯を喰いしばりすぎ、翌日歯痛が出る。肩にも力が入るので首から肩が張る。それほど力を入れても爪は痛くならない。 私の息子二人もまむし指である。
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