第八十二回 「みたて」という文化
いけばな造形大で北條明直先生が話して下さったエピソードがある。
中国に琴の名人で伯牙という人がいた。
白牙にはたった一人の理解者がいた。白牙が泰山を思い奏でると「ああ、泰山が目の前にそびえているようだ」と語り、白牙が水の流れを心に描いて爪弾くと「ああ、水をたたえて川が
流れていくようだ」と語った。
白牙はその理解者がいなくなってしまうと琴を折ってしまった。
そして再び琴を手にすることはなかったという。
白牙断弦という春秋時代の故事だ。通常は無二の親友、そしてその友を亡くしてしまった悲しみにつかわれる。北條先生はいけばな作家といけばな評論家もかくあるべしとお話しになった。
私はこの話に「みたて」を感じる。
白牙の理解者とは、実は評論家の鐘子期なのだが、琴の音色に奏者が心にイメージした山や川をみたてたという部分、これはとても興味深い。
みたてというのは文化だ。そこにないものをあるように見せる、また感じる。作者、観客双方の知識感性が高くないと成立しない。
これはなにもむずかしい話ではない。料亭などのお座敷芸にもみたてがある。
幇間(たいこもち)といってどれくらいの人が通じるのだろう。芸者と客の間をさらに盛り上げる者だ。その座敷芸のなかに「屏風芸・ふすま芸」がある。
これも立派なみたての芸だ。
誰もいない屏風やふすまなど、つい立ての隠れた部分にもう一人いるように見せる芸だ。一流の幇間ともなれば、たった一人ふすま芸で男女の機微を最初から最後まであざやかに表現した。芸者そこのけの色香で宴席をわかしたという。
まるでそこにあるような、と思わせるみたての世界はいけばなにもある。
たとえば魚道いけ。
これは水草の生花の株分けだが水草と水草の間を魚が通っていくようだということから魚道いけといわれる。ここで大事なのはみたての心だと思う。単純に水草の株分けだから魚道いけ、ではなくてそこに魚が通うような想いを込めなくてはならない。開高健っぽくいうなら「むっちりとした生命の豊潤さ」がないと人の目に触れるところを魚は泳いでくれない。魚道すらいけあげる自然への観察力は並大抵ではできない。田にふれ沼にふれ池にふれなくてはならない。
また龍田川のいけかた。
紅葉で龍田川が唐くれなゐに染まった様子をいける。ただの赤ではなく唐くれなゐに染め上げられた龍田川を知らなくてはならない。紅葉という美のピークに枝から離れ一瞬で川をながれ去るはかなさを感じなければただのたちいけになってしまう。
わたしはいけばなそのものが「みたて」の芸だと思う。切られている枝や草花を生きているようにみたてる芸なのだ。かつて外国の方が「なんでこの器から枝が生えているんだ」とたちいけを指して尋ねたという。これこそいけばなの原点ではないか。
はえているはずのない場所に元々はえているように思わせる華。伯牙のように一人なんて言わない。多くの人にみたててもらえるいけばなをいけてみたい。
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